3度目の妊娠──49歳、春にやってきた小さな鼓動

提供卵子での妊娠。
繰り返す治療、喪失、不安。それでも、私は希望を諦めなかった。
これは、49歳の春に訪れた奇跡の記録。


◆ 体の変化。でも、信じて疑わなかった

提供卵子を使って受精卵はできたものの、
やはり子宮内膜が厚くならないという問題は残っていた。

受精卵があっても、私の体の“受け入れ態勢”が整っていないと、
移植すること――お腹の中に卵を迎え入れること――ができない。


毎月、生理の始まりとともに治療サイクルが始まる。
回を重ねるごとにホルモン剤の効き目が弱くなり、薬の量がどんどん増えていった。

年齢とともに、卵巣がホルモンに反応しづらくなるのは、医学的にも当たり前のこと。
特に40代後半になると、薬剤への感受性が落ち、投与量の調整が必要になることが多いという。

まさに、私の体はそういう状態に入っていたのかもしれない。


でも、調べてみると、インドでは70歳を超えて双子を出産した女性がいるというニュースがあった。
日本でも、体外受精による60歳での出産が最高齢として記録されているらしい。

私はまだ40代。
彼女たちにできたなら、私にだって、きっとできる。


今回の受精卵は新しいもの。
グレードも良くて、状態もよかった。

「妊娠しないわけがない」
そう信じて疑わなかった。


◆ 2度目の陽性判定! 40代最後のギフト

そして、2019年の春-ー
ついに、陽性判定が出た。
その時、私は49歳だった。

「神様、ありがとう‼️
ギリギリ40代で産めるように、最後にとっておきのギフトをくれたのね。なんて粋な計らい!」


アメリカで初めて陽性をもらった春から、ちょうど1年後のことだった。

日本はゴールデンウィーク。
私は仕事を兼ねた一時帰国の予定が入っており、チケットもすでに手元にあった。


◆ 新緑の東京。 あの感触が再び・・・

主人は1週間後に来日予定だったので、私は先に一人で渡航。
東京のど真ん中にある、カプセルホテルとビジネスホテルの中間のような、
ミニマルだけどスタイリッシュな宿にチェックインした。

お風呂こそ共同だけど、銭湯のような大浴場は
狭いユニットバスよりずっと快適だった。
部屋はアコーディオンカーテンで仕切られていて、
各自が静かに過ごしているその空間は、
まるでコクーンの中にいるような安心感があった。


便利な場所だったこともあり、毎日のように人と会う予定を入れていた。
到着翌日は、朝からヘアサロンに行き、午後には出版社勤務の友人とライター志望の友人を引き合わせる約束もあった。


東京の4月中旬。晴れている日は、思わず深呼吸したくなるほど気持ちがいい。
時差ボケで早起きした私は、一駅手前から歩いてヘアサロンに向かった。


ツッー……ヌルっ……
血の気が引いた。
あの感触――1年前と同じだ。

足がガクガクして、でも頭は冷静だった。

「まずはサロンに行こう。そして、そのあとクリニックを探そう。
予定はキャンセルするしかない」


髪を切られながらスマホで検索し、ホテルの近くにある産婦人科に電話。
診察可能とのことで、サロンを終えたあとタクシーで向かった。


外はキラキラと明るい春の日差しに包まれていたけれど、
タクシーの中だけが異次元の空間に感じられた。


◆ 豪華な出前と「頑張れ」のメッセージ

「妊娠6週です。出血しました。過去にも同じようなことが2回ありました」
そう伝えながら、気持ちだけは平静を保とうとしていた。


担当してくれたのは年配の女性医師だった。
テキパキとしながらも、どこか柔らかくて、安心感があった。

「アメリカから?提供卵子でのIVFね。やっぱりアメリカは進んでるわね」

日本ではまだ珍しい、提供卵子での高齢妊娠。
否定されるかもと少し構えていた私に、その笑顔は心強かった。


「モニター、見える?ここ、ピコピコ動いてるでしょ。
スマホ持ってる?撮ってもいいわよ」

「え……っ?!」

「心拍117。念のため安静にね。でも、順調よ」


ああ、神様。
また、ありがとう!!


クリニックから戻った私は、そのままホテルで静かに過ごした。

夕方、部屋に豪華な出前が届いた。
ニューヨークにいる主人が、
「頑張れ!」のメッセージとともに手配してくれたものだった。


◆ 主人と私と、お腹の赤ちゃんと

予定を早めて来日した主人は、私を迎えに来て、
宿泊先を都内でも屈指の高級ホテルの
もっと広くて静かな部屋に変えてくれた。

「こんな贅沢、必要ないのに……」
そう思いかけたけど、
主人と私と、お腹の赤ちゃん。
この3人で過ごすには、
ちょうどいい場所かもしれないと考え直し、
幸せな気持ちになった。


日本滞在中、家族とも会ったけれど、妊娠のことはまだ伝えなかった。
姪や甥と遊びながら、私は心の中でこう呟いた。

「もうすぐ、いとこができるよ」


【次回予告】

次回は、この“3度目の妊娠”が、その後どうなったのか。
静かに、でも確かに進んでいった物語を綴ろうと思う。
私の妊活はまだまだ続く・・・

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