努力すれば手に入ると思っていた。
仕事も、夢も、結婚も、海外移住も。
でも、“子ども”だけは、違った。
◆ 最善を尽くしているのに
睾丸から直接採取した新鮮な精子を手に入れ、
再び卵子ドナーを探し、新しい受精卵を作った。
私自身には不育症の明確な原因は見つからなかったが、
それでも治療の可能性があるということで、
移植時には特別な免疫療法も併用した。
それでも、うまくいかなかった。
◆ 努力が報われないこともある
私はこれまで、欲しいものがあれば自分で手に入れてきた。
高校卒業後は、親に相談もせずに留学先を決め、
単身でアメリカに飛び立った。
大学卒業後は、日本ではなく東南アジアで就職。
自分でビジネスを立ち上げ、会社員を辞めて独立し、
それなりに成功させた。結婚もした。
その後、学業を最後まで修めたいと
アメリカの大学院に入り、博士号を取得。
海外移住の夢も叶えた。
すべてが順調だったわけではない。
でも、一生懸命やれば、道は開けると信じてきた。
これまでは、そうだった。
でも、なぜ?
なぜ、“子ども”だけは——。
これほど努力して、時間もお金もかけて、
できる限りのことをしているのに。
なぜ、子どもだけは、私の手に届かないのか?
もう10年。
努力に努力を重ね続けてきた。
気づけば、50歳の誕生日は目前だった。
◆ 神様が差し出した最後通牒
そんな中、世界は未曾有の事態に見舞われる。
——COVID-19のパンデミックだ。
私が住んでいたニューヨークでは
ロックダウンにより外出制限がかかり、
3月末から2ヶ月間、私と夫は
マンハッタンの小さなアパートから
一歩も外に出られなかった。
さすがに私も思った。
「これが運命なのかもしれない」
あらゆる手段を尽くしてきたけれど、
クリニックが閉鎖されれば、治療は受けられない。
——The End。
これはきっと、踏ん切りのつかない私に
神様が差し出した“最後通牒”なのだ。
◆ 子どもを得る手段はひとつじゃない
けれど、神様の通牒には、条件が添えられていた。
夫の会社が、家族を増やしたい社員に対し、
不妊治療や卵子提供、養子縁組、代理母などの費用を
サポートする福利厚生を導入したのだ。
その瞬間、私は目が覚めた。
「妊娠することがゴールなの?」
——違う。
私がしたいのは、“子育て”なのだ。
目の前の霧がすっと晴れて、
新しい道が見えた。
そちらに一歩踏み出した瞬間、
心が驚くほど軽くなった。
「私も、子どもを持てるんだ」と思えた。
私たちはすぐに養子縁組エージェンシーに登録し、
同時に、凍結胚がいくつか残っていたため
代理母エージェンシーにも登録を済ませた。
コロナ禍の混沌の中にありながらも、
必要書類を整え、面談を重ね、
少しずつ前に進んでいく実感があった。
そして、私は嬉しかった。
◆ 母になる、新しい一歩
新しい選択肢に出会えたことで、
私は、やっと自分を責めるのをやめられた。
妊娠にこだわらなくても、
「母になる道」は、ここにある。
そして私は、そこへ向かって歩き始めた。
次回予告
意外な検査結果に涙が…。