血が苦手な夫が、私のために手術を決めた日──男性不妊と精索静脈瘤の話

妊娠は、女性だけの努力では成立しない。
そうわかってはいても、まさか男性不妊が隠れているとは思ってもみなかった。

これは、血を見るのも苦手な夫が、
「私のために」手術台に上がった記録。


◆ え? 睾丸の大きさが…?

「睾丸のサイズ、左右で違いますね」

男性不妊の専門医の一言に、私たちは一瞬ポカンとした。
本人ですら気にしたことのない、微妙な差。
私たちの体が完全に左右対称でないことはよくある。
目の大きさ、腕の太さ、肩の高さ……左右差があるのは普通だ。

だが、睾丸の場合、それが “うっ血” のサインかもしれないという。
とくに左側の精索静脈は腎静脈に直角で合流しているため、
血液が滞りやすく、うっ血しやすい構造なのだという。

そしてこの「うっ血」は──

  • 睾丸周囲の温度を1〜2℃上昇させ
  • 酸化ストレスを増加させ
  • 血流を悪くし、睾丸の機能を低下させる

これらが精子の質を下げ、妊娠を妨げる要因になる
この状態は医学的に「精索静脈瘤(varicocele)」と呼ばれている。

主人の場合は軽度ではあったが、
将来的な予防も含めて手術をすすめられた。


◆ 同時に受けられる、もうひとつの選択肢

この手術では、睾丸から直接精子を採取することもできる。
睾丸から直接に採取した精子は、
通常の射精精子よりもDNAの損傷率が低いとされ、
胚盤胞の到達率や質の向上が期待できるという研究もある
(Popovic-Todorovic & Mahutte, 2023)​。

精子は、睾丸で作られてから
精巣上体→精管→射精管→尿道…と、長い道のりを通る。
この間に受ける酸化ストレスDNA断片化などのダメージが
妊娠率を下げる一因とされている。

だからこそ、「最短ルート」である
睾丸からの精子採取には意味があるのだ。


◆ 「大丈夫だよ、心配しないで」

主人は注射も苦手。
私が採血されるのを見て、貧血で倒れたこともある。

そんな彼が、手術の説明を受けた後、
「すぐにやってください」と言った。

睾丸サイズの違いなんて、生活に支障はないし、
放置している人も多いだろう。

それでも、彼は決断した。
それは紛れもなく、私のためだった。

10年以上にわたる妊活。
薬を飲み、注射をし、移植のために通院を重ねる日々。
全てが私に集中していた。
それを、彼はずっとずっと静かに見守っていた。

手術当日。
タクシーの中で、彼は私の手をぎゅっと握り、言った。

「大丈夫だよ。心配しないで」

手術着に着替え、ストレッチャーで運ばれる直前、
私に向かってにっこりと笑った。

その笑顔を、私は一生忘れない。


【あとがき】

この手術で、劇的に何かが変わったわけではない。
でも、「私のためにここまでしてくれた」という事実が、
今も私の中で温かく息づいている。

男性不妊は、まだまだ語られにくいテーマだ。
本人も気づかないまま、何年も過ぎてしまうことも多い。
でも、精索静脈瘤のように、気づけば治療できるケースもある

もっとふたりで向き合える妊活が、当たり前になれば…。
そんな願いを込めて、この記録を残します。


【次回予告】

次回は、さらに意外な展開が待ち受ける。


Reference:
Popovic-Todorovic, B., & Mahutte, N. (2023). Testicular sperm are associated with improved blastocyst formation in patients with prior IVF/ICSI failure using ejaculated sperm. Human Reproduction, 39(Supplement 1), deae108.391. https://doi.org/10.1093/humrep/deae108.391

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